私たちは、つい「大きな成果」を求めてしまいがちです。試験に合格すること、仕事で昇進すること、誰かに認められること…。もちろん、それらはわかりやすく評価される「成功」かもしれません。けれど、その陰にある小さな積み重ねに気づけないと、せっかく前に進んでいるのに「自分はまだ足りない」「全然できていない」と感じてしまいます。
私自身も、長いあいだ「できて当たり前」「これぐらいでは成功とは呼べない」と思っていました。障害がある生活のなかで、できないことはどうしても多くなります。だからこそ「少しできたこと」に目を向けることよりも「まだできていない部分」にばかり目がいってしまうのです。そしてそれが、心の重荷になっていました。
小さな成功は「当たり前」ではない
例えば、外出の準備をいつもよりスムーズにできた日。体調がすぐれない中でも、人に「ありがとう」と伝えられた瞬間。こうした出来事は一見すると本当に小さなことに見えます。けれど、心理学の観点からいえば、それは「自己効力感(self-efficacy)」を育てるために欠かせない成功体験です。
自己効力感とは「自分はやればできる」という感覚のこと。アメリカの心理学者バンデューラが提唱した概念ですが、この感覚が高い人ほど挑戦を続けやすく、失敗しても立ち直る力を持ちやすいとされています。逆に、どんなに頑張っても自分を認めず「小さな成功なんて意味がない」と切り捨ててしまうと、努力そのものをやめてしまいやすいのです。
「成功に気づけない」心のクセ
なぜ私たちは小さな成功を見逃してしまうのでしょうか。そこにはいくつかの心理的なクセが関係しています。
- ネガティビティ・バイアス
人間は進化の過程で、危険や失敗を強く記憶する傾向を持っています。そのため「できなかったこと」のほうが心に残りやすいのです。 - 社会的比較
SNSや職場で、つい人と自分を比べてしまう。人の大きな成果ばかりが目に入る時代だからこそ、「自分の小さな一歩」は価値がないように思えてしまいます。 - 完璧主義
「もっとできるはず」「100点を取らなければ意味がない」と考えるあまり、80点の結果も「失敗」に見えてしまう。これは私自身が強く持っているクセでもあります。
私自身の体験から
正直に言うと、私は今でも「小さな成功を認めること」がとても苦手です。例えば、1日の中で体調が安定して過ごせただけでも、本当は大きな意味があるはずです。けれど「他の人はもっとできているのに」と思うと、その価値を自分で否定してしまいます。
また、仕事での場面でも同じです。子どもたちと関わる中で「今日は落ち着いて取り組めた」「前よりも少し長く集中できた」という変化に気づけることがあります。そんなとき、子どもには「よく頑張ったね」と声をかけるのに、自分自身には「これくらい当然」と言ってしまう。支援者としては認められるのに、当事者としての自分には厳しい。そんな矛盾を抱えてきました。
小さな成功を見つける工夫
では、どうすれば「小さな成功」に気づけるのでしょうか。いくつか実践できる方法を紹介します。
- 一日の終わりに「できたこと」を3つ書き出す
どんなに小さなことでも構いません。「朝、時間通りに起きられた」「散歩に出かけられた」など、形に残すことで自己効力感が育ちます。 - 「当たり前」をリスト化してみる
普段「当然」と思っていることを書き出すと、それが実は努力や工夫の積み重ねであることに気づけます。 - 人に話してみる
「今日これができたんだ」と口に出すことで、自分でも改めて認識できます。誰かに共感してもらえると、より達成感が強まります。
小さな成功がつくる未来
小さな成功を見逃さずに積み重ねていくことは、自分を守るための心の土台づくりでもあります。比較や承認欲求に振り回される日々の中で、「確かに進んでいる」という感覚を取り戻すことは、焦りや不安をやわらげてくれます。
障害があることで「できないこと」に注目されやすい環境のなかで暮らしていると、なおさら「できること」を見逃しやすくなります。私自身、そうした視線にさらされ続けてきました。だからこそ、まずは自分だけでも「小さな成功」を認めてあげたいと思うのです。
たとえ周りが気づいてくれなくても、今日の自分が昨日よりも一歩進めていたら、それは立派な成功です。その積み重ねが、いつか大きな自信へとつながります。
まとめ
「小さな成功を見逃してしまうとき」――それは誰にでもある自然なことです。でも、その小さな成功に目を向けることで、私たちは「比較しない生き方」に少しずつ近づけます。
今日のあなたの中にある「小さなできたこと」。ぜひ見つけて、そっと心の中で「よくやった」と声をかけてみてください。その瞬間から、すでに新しい一歩が始まっているのだと思います。
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